第55話 湖畔のキャンプ場#4

おはなし

ナス彦先生の診療所から戻る足。

クリビー、モモビー、ネギーンの三人は、ナスビー博士の研究所の前まで来ました。

クリビー「ナス彦先生、『医者なんかに頼るな』って、言ってたね。」

モモビー「じゃあ医者なんかやるなよ!ってかんじ。」

ネギーン「まあまあ。自分たちでなんとかするのが一番ってことですね。」

クリビー「もしかして、そのことに気づいて欲しくて、ナス彦先生は・・・。」

モモビー「で、どうする?おっさん、なんて言ったら元気になるかな?」

ネギーン「うーん、そうですね。あまり気負わず、いつも通り、研究所に押しかけるのはどうですか?」

クリビー「いいね!それ賛成!」

モモビー「よっしゃ!適当に行くぜ!」

ピンポ―ン。

モモビーは何の躊躇もなく、インターホンを押しました。

マルナス「ハーイ!」

ガチャ・・・。

玄関から出てきたのはマルナス助手でした。

マルナス「おお!ナス彦さんから、何かいいアドバイスもらえマシタ?」

クリビー「・・・。」

モモビー「・・・。」

ネギーン「ええと、はい!」

マルナス「ソウデシタカ!それはヨカッタデース!」

ネギーン「博士のことは、僕たちに任せて下さい!」

マルナス「おお!それは頼もしいデース!」

ネギーン「はい!」

クリビー「・・・。」

調子のいいネギーンに対して、クリビーはちょっと心配でした。

モモビー「それで、おっさんは、いまどこにいるんだ?」

マルナス「それが、今日は自分の寝室から一切出てこないんデス・・・。」

モモビー「げっ!引きこもりじゃん!」

マルナス「そうなんデス。ついに、引きこもりおじさんになってしまいマシタ。」

クリビー「話しかけよう!」

ネギーン「行きましょう!」

モモビー「オーッ!」

三人は脱いだ靴を玄関にバラバラのまま、ナスビー博士の寝室の前まで押しかけました。

ドンドンドン!

モモビーは少し強めにドアを叩きます。

モモビー「おっさーん!来たぜーっ!」

クリビー「はかせー!!!」

ネギーン「こんにちはー!おじゃましてまーす!」

モモビー「おっさん!遊ぼうぜー!」

・・・

ナスビー博士の返事はありません。

モモビー「おっさん!開けるぜー!」

モモビーはドアノブに手をかけ、体重をかけました。

ガチャッ、ドッ。

扉はつっかえ、開きません。

ドアには鍵がかかっていました。

そこに、マルナスが廊下を歩いて来ます。

マルナス「最近ずっとこんな感じデース。寝たフリしてるのか、寝てるのか・・・。」

クリビー「これ、思ったより深刻だね。」

モモビー「どうしよう・・・。」

ネギーン「考えましょう!」

クリビーたち三人は円になって座りました。

寝室のドアの前、作戦会議が始まりました。

クリビー「博士、どうしてこんなに元気がなくなっちゃったんだろう?」

モモビー「大の大人が、情けねえな!いつもおれっちたちには、偉そうにしてたのに!」

ネギーン「モモビー、そんなこと言ってはダメですよ。大人には大人なりの事情があるんですよ。」

モモビー「おっさんの事情なんて、おれっちたちにはわかんねーよ。」

クリビー「原因がわからないんじゃ、どうしようもないよね・・・。」

ネギーン「そうですね。しかし、あまり細かく心情を探ると言うのも、良くないかもしれないですね。」

クリビー「どういうこと?」

ネギーン「なにがあったの?どうしたの?って聞かれて、言いたくないときも、あるじゃないですか。」

モモビー「たしかに。話すのがめんどくせえ、って思うかもな。」

ネギーン「そうなんですよ。聞かれたくないことって、誰にでもあるじゃないですか。それに、ぼくたちが問い詰めることで、嫌なことを思い出させてしまうかもしれないですし。」

クリビー「ネギーンはやさしいね。」

モモビー「じゃあさ、原因とかそういうのは無視して、別のことでおっさんの気を引こう!」

ネギーン「そうですね!ボクもそれがいいと思います!」

モモビー「じゃあ、早速、どうする?」

クリビー「やっぱり、好きなもので釣るのがいいんじゃない?」

モモビー「おっさんの好きなものって何だ?」

ネギーン「食べ物なら、かなりありますね。」

ネギーンが指を折りながら言います。

ネギーン「甘いもの、揚げ物、それから珍しい料理、ビール、日本酒、焼酎、高級なウィスキー……。」

クリビー「ネギーン、博士のこと、よく知ってるね。」

ネギーン「これまで言っていたのを、覚えているだけです。」

クリビー「それがすごいんだよ!」

そこに、マルナス助手が口を挟みます。

マルナス「焼肉とか、ラーメンとか、甘甘堂(かんかんどう)の激甘シュークリームとか、博士の好きな美味しい物で誘ったんですけど、全然出で来ないんデスヨ・・・。」

ネギーン「食べ物では、ダメでしたが・・・。」

クリビー「食べ物のほかに、博士が好きなものと言ったら・・・。」

顔を見合わせる三人。

モモビーがニヤリとして言う。

モモビー「女!」

クリビー「ぶっ。」

ネギーン「ププッ。」

ぶっははははっ!

三人は思わず爆笑しました。

すると、ドアの向こう・・・

ナスビー「(ゴッホゴッホ!)」

クリビー「……!」

笑うのを止め、三人は同時にドアを見ました。

クリビー「今、咳したよね?」

ネギーン「しましたね。」

モモビー「完全に聞いてるな!」

モモビーはニヤニヤしました。

部屋の中からは、それ以上何も聞こえません。

クリビー「じゃあ、ナスミさんを呼ぼう!」

モモビー「それな!おれっちもそう思った!」

モモビーがパチンと手を叩きます。

クリビー「ナスミさんが来たら、博士も元気になるかも!」

しかし、ネギーンは少し考えてから首を傾けました。

ネギーン「でも……ナスミさんって、ナスビー博士と、そこまでの仲じゃないですよね?」

モモビー「あー……。」

クリビーも考え込みました。

クリビー「そうだね。」

モモビーも腕を組みます。

モモビー「たしかに。」

三人は妙に真面目な顔になりました。

クリビー「親切なナスミさんだけど、頼みづらいね。」

・・・

三人は少し沈黙。

クリビー「大人同士って……。」

クリビーがぽつりと言います。

クリビー「距離があるよね。」

ネギーン「ありますね。」

ネギーンはうなずきます。

クリビー「子どもなら、友達が落ち込んでたら、とりあえず家まで行くけど……。」

モモビー「大人はそう簡単にはいかないよな。」

モモビーが続ける。

クリビー「いくら困ってても、部屋まで来て助けてくれる人って、なかなかいないよね。」

ネギーン「社会って難しいですね……。」

ネギーンは遠い目をしました。

そしてまた三人は沈黙。

その間、ドアの向こう。

ナスビー博士は黙って聞いていました。

博士自身も、同じことを考えていました。

クリビー「じゃあ、どうする?」

また話を切り出す、クリビー。

ネギーン「ナスミさんに来てもらえないなら、博士とナスミさんが会える『理由』を作ればいいんじゃないでしょうか?」

モモビー「おお!」

クリビー「直接じゃなくて、間接的に、ってことだね!」

ネギーン「そうです!」

モモビーが顔を上げる。

モモビー「それなら自然だ!」

クリビーの目が輝きました。

クリビー「なるほど!」

思い立ったら、即行動。

作戦会議は、すぐに次の段階へ入りました。

ネギーン「ナスミさんが一緒に参加できるイベントを計画して、そこに博士を誘うんです!」

モモビー「それだ!」

クリビー「それしかない!」

三人は盛り上がりました。

ただし――。

その作戦が、部屋の中のナスビー博士にも丸聞こえなのを、すっかり忘れていました。

ナスビ―「(イベントか。)」

博士はベッドの上で小さくつぶやきました。

博士は、少しだけ、自分の心が動いたのを感じました。

だけど、まだ部屋から出る気にはなれませんでした。

ドアの外では。

クリビー「どこに行く?」

モモビー「夏だから、海!」

ネギーン「この前、行きましたよね。」

モモビー「じゃあ山!」

ネギーン「虫が多いので、ナスミさんが嫌がるかもです。」

クリビー「じゃあ温泉!」

モモビー「えー、暑い!」

三人の会議は迷走していました。

そんなとき、ネギーンがふと、廊下に貼ってある、地図に目をやりました。

ネギーン「ここはどうでしょう?」

クリビー「どこ?」

ネギーンが地図を指さします。

ネギーン「アオアオ湖です」

クリビー「湖!」

ネギーン「この辺りは、キャンプ場もありますよ!」

モモビー「キャンプ!」

モモビーは飛び上がりました。

クリビー「夏の終わりに、ちょうどいいんじゃない?」

ネギーン「そうですね。暑さも少し落ち着いてきますし、湖でも遊べます。」

三人は顔を見合わせました。

クリビー「決まり!」

こうして――。

ナスビー博士を元気づけるための、

『夏の終わりのアオアオ湖キャンプ作戦』

が始動しました。

しかし、最大の問題がひとつ。

クリビー「ナスミさん、どうやって誘う?」

モモビー「そこなんだよな」

三人はまた頭を抱えました。

しばらく考えた末、クリビーが手を挙げました。

クリビー「女の子たちも誘おう。」

ネギーン「え?」

ネギーンの顔が赤くなります。

クリビー「キャンプなら、みんなで行ったほうが楽しいじゃん!」

ネギーン「それはそうですけど・・・。」

ネギーンは恥ずかしそうにしています。

クリビー「それで、付き添いの大人が、男の人だけだと、女の子たちが嫌がるかもしれないから…。」

クリビーは、少し申し訳なさそうに続けます。

クリビー「安心のために、女性のナスミさんにも来てもらう…という、たてまえ!」

モモビー「なるほど!」

モモビーは両手をパンパンと叩きました。

モモビー「それなら自然だ!」

クリビー「ナスミさんにも、こうこうこういう理由でって、普通に誘えるよ!」

ネギーン「完璧です!」

三人は大喜びしました。

そして――。

クリビー「これなら博士も来てくれるかもしれない!」

クリビーは思い出したように、わざとらしく、ドアに向かって叫びました。

クリビー「博士ー!」

返事はありません。

クリビー「アオアオ湖にキャンプ行くよー!」

返事はありません。

モモビー「ナスミさんも来るぜー!」

ナスビー「…………。」

無音。

だかど

部屋の中では、ナスビー博士がゆっくりとベッドから起き上がっていました。

ナスビー「(……アオアオ湖か。)」

博士はまだ明るい窓の外を見ました。

夏の終わり。

少しだけ涼しくなった風。

湖。

キャンプ。

そして――ナスミさん。

ナスビ―「あいつら……。」

博士は、ほんの少しだけ笑いました。

けれど、その笑顔を誰にも見せないまま、再びベッドに腰を下ろします。

ナスビー「(……まあ、考えておいてやるか。)」

クリビー「よーし!キャンプの準備だ!」

ネギーン「テントや道具は僕が調べます!」

モモビー「おれっちは食料担当!」

クリビー「じゃあぼくは女の子たちへの連絡を!」

ドアの外では、クリビーたちがまだ大騒ぎしていました。

その声を聞きながら、ナスビー博士は静かに目を閉じました。

鍵のかかったドア。

でもナスビー博士の心の鍵は、少しだけゆるんでいたのでした。

つづく