ナス彦先生の診療所から戻る足。
クリビー、モモビー、ネギーンの三人は、ナスビー博士の研究所の前まで来ました。
クリビー「ナス彦先生、『医者なんかに頼るな』って、言ってたね。」
モモビー「じゃあ医者なんかやるなよ!ってかんじ。」
ネギーン「まあまあ。自分たちでなんとかするのが一番ってことですね。」
クリビー「もしかして、そのことに気づいて欲しくて、ナス彦先生は・・・。」
モモビー「で、どうする?おっさん、なんて言ったら元気になるかな?」
ネギーン「うーん、そうですね。あまり気負わず、いつも通り、研究所に押しかけるのはどうですか?」
クリビー「いいね!それ賛成!」
モモビー「よっしゃ!適当に行くぜ!」
ピンポ―ン。
モモビーは何の躊躇もなく、インターホンを押しました。
マルナス「ハーイ!」
ガチャ・・・。
玄関から出てきたのはマルナス助手でした。
マルナス「おお!ナス彦さんから、何かいいアドバイスもらえマシタ?」
クリビー「・・・。」
モモビー「・・・。」
ネギーン「ええと、はい!」
マルナス「ソウデシタカ!それはヨカッタデース!」
ネギーン「博士のことは、僕たちに任せて下さい!」
マルナス「おお!それは頼もしいデース!」
ネギーン「はい!」
クリビー「・・・。」
調子のいいネギーンに対して、クリビーはちょっと心配でした。
モモビー「それで、おっさんは、いまどこにいるんだ?」
マルナス「それが、今日は自分の寝室から一切出てこないんデス・・・。」
モモビー「げっ!引きこもりじゃん!」
マルナス「そうなんデス。ついに、引きこもりおじさんになってしまいマシタ。」
クリビー「話しかけよう!」
ネギーン「行きましょう!」
モモビー「オーッ!」
三人は脱いだ靴を玄関にバラバラのまま、ナスビー博士の寝室の前まで押しかけました。
ドンドンドン!
モモビーは少し強めにドアを叩きます。
モモビー「おっさーん!来たぜーっ!」
クリビー「はかせー!!!」
ネギーン「こんにちはー!おじゃましてまーす!」
モモビー「おっさん!遊ぼうぜー!」
・・・
ナスビー博士の返事はありません。
モモビー「おっさん!開けるぜー!」
モモビーはドアノブに手をかけ、体重をかけました。
ガチャッ、ドッ。
扉はつっかえ、開きません。
ドアには鍵がかかっていました。
そこに、マルナスが廊下を歩いて来ます。
マルナス「最近ずっとこんな感じデース。寝たフリしてるのか、寝てるのか・・・。」
クリビー「これ、思ったより深刻だね。」
モモビー「どうしよう・・・。」
ネギーン「考えましょう!」
クリビーたち三人は円になって座りました。
寝室のドアの前、作戦会議が始まりました。
クリビー「博士、どうしてこんなに元気がなくなっちゃったんだろう?」
モモビー「大の大人が、情けねえな!いつもおれっちたちには、偉そうにしてたのに!」
ネギーン「モモビー、そんなこと言ってはダメですよ。大人には大人なりの事情があるんですよ。」
モモビー「おっさんの事情なんて、おれっちたちにはわかんねーよ。」
クリビー「原因がわからないんじゃ、どうしようもないよね・・・。」
ネギーン「そうですね。しかし、あまり細かく心情を探ると言うのも、良くないかもしれないですね。」
クリビー「どういうこと?」
ネギーン「なにがあったの?どうしたの?って聞かれて、言いたくないときも、あるじゃないですか。」
モモビー「たしかに。話すのがめんどくせえ、って思うかもな。」
ネギーン「そうなんですよ。聞かれたくないことって、誰にでもあるじゃないですか。それに、ぼくたちが問い詰めることで、嫌なことを思い出させてしまうかもしれないですし。」
クリビー「ネギーンはやさしいね。」
モモビー「じゃあさ、原因とかそういうのは無視して、別のことでおっさんの気を引こう!」
ネギーン「そうですね!ボクもそれがいいと思います!」
モモビー「じゃあ、早速、どうする?」
クリビー「やっぱり、好きなもので釣るのがいいんじゃない?」
モモビー「おっさんの好きなものって何だ?」
ネギーン「食べ物なら、かなりありますね。」
ネギーンが指を折りながら言います。
ネギーン「甘いもの、揚げ物、それから珍しい料理、ビール、日本酒、焼酎、高級なウィスキー……。」
クリビー「ネギーン、博士のこと、よく知ってるね。」
ネギーン「これまで言っていたのを、覚えているだけです。」
クリビー「それがすごいんだよ!」
そこに、マルナス助手が口を挟みます。
マルナス「焼肉とか、ラーメンとか、甘甘堂(かんかんどう)の激甘シュークリームとか、博士の好きな美味しい物で誘ったんですけど、全然出で来ないんデスヨ・・・。」
ネギーン「食べ物では、ダメでしたが・・・。」
クリビー「食べ物のほかに、博士が好きなものと言ったら・・・。」
顔を見合わせる三人。
モモビーがニヤリとして言う。
モモビー「女!」
クリビー「ぶっ。」
ネギーン「ププッ。」
ぶっははははっ!
三人は思わず爆笑しました。
すると、ドアの向こう・・・
ナスビー「(ゴッホゴッホ!)」
クリビー「……!」
笑うのを止め、三人は同時にドアを見ました。
クリビー「今、咳したよね?」
ネギーン「しましたね。」
モモビー「完全に聞いてるな!」
モモビーはニヤニヤしました。
部屋の中からは、それ以上何も聞こえません。
クリビー「じゃあ、ナスミさんを呼ぼう!」
モモビー「それな!おれっちもそう思った!」
モモビーがパチンと手を叩きます。
クリビー「ナスミさんが来たら、博士も元気になるかも!」
しかし、ネギーンは少し考えてから首を傾けました。
ネギーン「でも……ナスミさんって、ナスビー博士と、そこまでの仲じゃないですよね?」
モモビー「あー……。」
クリビーも考え込みました。
クリビー「そうだね。」
モモビーも腕を組みます。
モモビー「たしかに。」
三人は妙に真面目な顔になりました。
クリビー「親切なナスミさんだけど、頼みづらいね。」
・・・
三人は少し沈黙。
クリビー「大人同士って……。」
クリビーがぽつりと言います。
クリビー「距離があるよね。」
ネギーン「ありますね。」
ネギーンはうなずきます。
クリビー「子どもなら、友達が落ち込んでたら、とりあえず家まで行くけど……。」
モモビー「大人はそう簡単にはいかないよな。」
モモビーが続ける。
クリビー「いくら困ってても、部屋まで来て助けてくれる人って、なかなかいないよね。」
ネギーン「社会って難しいですね……。」
ネギーンは遠い目をしました。
そしてまた三人は沈黙。
その間、ドアの向こう。
ナスビー博士は黙って聞いていました。
博士自身も、同じことを考えていました。
クリビー「じゃあ、どうする?」
また話を切り出す、クリビー。
ネギーン「ナスミさんに来てもらえないなら、博士とナスミさんが会える『理由』を作ればいいんじゃないでしょうか?」
モモビー「おお!」
クリビー「直接じゃなくて、間接的に、ってことだね!」
ネギーン「そうです!」
モモビーが顔を上げる。
モモビー「それなら自然だ!」
クリビーの目が輝きました。
クリビー「なるほど!」
思い立ったら、即行動。
作戦会議は、すぐに次の段階へ入りました。
ネギーン「ナスミさんが一緒に参加できるイベントを計画して、そこに博士を誘うんです!」
モモビー「それだ!」
クリビー「それしかない!」
三人は盛り上がりました。
ただし――。
その作戦が、部屋の中のナスビー博士にも丸聞こえなのを、すっかり忘れていました。
ナスビ―「(イベントか。)」
博士はベッドの上で小さくつぶやきました。
博士は、少しだけ、自分の心が動いたのを感じました。
だけど、まだ部屋から出る気にはなれませんでした。
ドアの外では。
クリビー「どこに行く?」
モモビー「夏だから、海!」
ネギーン「この前、行きましたよね。」
モモビー「じゃあ山!」
ネギーン「虫が多いので、ナスミさんが嫌がるかもです。」
クリビー「じゃあ温泉!」
モモビー「えー、暑い!」
三人の会議は迷走していました。
そんなとき、ネギーンがふと、廊下に貼ってある、地図に目をやりました。
ネギーン「ここはどうでしょう?」
クリビー「どこ?」
ネギーンが地図を指さします。
ネギーン「アオアオ湖です」
クリビー「湖!」
ネギーン「この辺りは、キャンプ場もありますよ!」
モモビー「キャンプ!」
モモビーは飛び上がりました。
クリビー「夏の終わりに、ちょうどいいんじゃない?」
ネギーン「そうですね。暑さも少し落ち着いてきますし、湖でも遊べます。」
三人は顔を見合わせました。
クリビー「決まり!」
こうして――。
ナスビー博士を元気づけるための、
『夏の終わりのアオアオ湖キャンプ作戦』
が始動しました。
しかし、最大の問題がひとつ。
クリビー「ナスミさん、どうやって誘う?」
モモビー「そこなんだよな」
三人はまた頭を抱えました。
しばらく考えた末、クリビーが手を挙げました。
クリビー「女の子たちも誘おう。」
ネギーン「え?」
ネギーンの顔が赤くなります。
クリビー「キャンプなら、みんなで行ったほうが楽しいじゃん!」
ネギーン「それはそうですけど・・・。」
ネギーンは恥ずかしそうにしています。
クリビー「それで、付き添いの大人が、男の人だけだと、女の子たちが嫌がるかもしれないから…。」
クリビーは、少し申し訳なさそうに続けます。
クリビー「安心のために、女性のナスミさんにも来てもらう…という、たてまえ!」
モモビー「なるほど!」
モモビーは両手をパンパンと叩きました。
モモビー「それなら自然だ!」
クリビー「ナスミさんにも、こうこうこういう理由でって、普通に誘えるよ!」
ネギーン「完璧です!」
三人は大喜びしました。
そして――。
クリビー「これなら博士も来てくれるかもしれない!」
クリビーは思い出したように、わざとらしく、ドアに向かって叫びました。
クリビー「博士ー!」
返事はありません。
クリビー「アオアオ湖にキャンプ行くよー!」
返事はありません。
モモビー「ナスミさんも来るぜー!」
ナスビー「…………。」
無音。
だかど
部屋の中では、ナスビー博士がゆっくりとベッドから起き上がっていました。
ナスビー「(……アオアオ湖か。)」
博士はまだ明るい窓の外を見ました。
夏の終わり。
少しだけ涼しくなった風。
湖。
キャンプ。
そして――ナスミさん。
ナスビ―「あいつら……。」
博士は、ほんの少しだけ笑いました。
けれど、その笑顔を誰にも見せないまま、再びベッドに腰を下ろします。
ナスビー「(……まあ、考えておいてやるか。)」
クリビー「よーし!キャンプの準備だ!」
ネギーン「テントや道具は僕が調べます!」
モモビー「おれっちは食料担当!」
クリビー「じゃあぼくは女の子たちへの連絡を!」
ドアの外では、クリビーたちがまだ大騒ぎしていました。
その声を聞きながら、ナスビー博士は静かに目を閉じました。
鍵のかかったドア。
でもナスビー博士の心の鍵は、少しだけゆるんでいたのでした。
つづく
