その後、ナスミさんは、ナス彦先生に電話をしました。
ナスミ「先生、ありがとうございます。それでは、子供たち3人だけで向かいますので。よろしくお願いします」
電話を切ると、ナスミさんはクリビーたちに診療所の場所を教えました。
クリビー「じゃあ、行ってみよう!」
クリビーたちは、ナス彦先生の診療所へ向かいました。
ナスビー博士の研究所とは、反対の方向です。
町の西のはずれにある、小さな丘を越えました。
さらに歩いていくと――
道の両側に、大きな木がたくさん生えていました。
昼なのに、少し暗い道です。
クリビー「なんだか、じめじめした場所だね。」
クリビーが言いました。
ネギーン「こんなところに、お医者さんがあるんですね。」
ネギーンも少し不安そうです。
モモビー「この道を歩いてるだけで、暗い気分になるなあ……。」
モモビーも言いました。
道にはコケが生えています。
日もあまり当たりません。
風もあまり通りません。
ちょっと、さみしい道でした。
すると――
林の中に、小さな建物が見えてきました。
クリビー「ここだね!」
クリビーたちは、玄関の扉を開けました。
クリビー「すみませーん!」
ネギーン「ナスミさんの紹介で来ました!」
……シーン。
返事がありません。
中には、小さな待合室と受付がありました。
でも、誰もいません。
電気もついていません。
クリビー「……あれ?」
クリビーが首をかしげた、そのとき。
コトンッ。
どこかで物音がしました。
???「……お待ちしていました。」
クリビー「!」
どこかで聞いたことのある声です。
クリビーたちは顔を見合わせました。
シロナス先生の声に、そっくりです。
でも、声の元気はまったく違います。
とても、とても静かな声でした。
???「ぼくがナス彦です。」
ナス彦「今日は病院がお休みなので、電気はついていません。」
ナス彦「気にせず、中へどうぞ」
受付の奥にある扉が、ゆっくり開きました。
そこから、ナス彦先生が顔を出しました。
クリビー「おじゃまします!」
ネギーン「失礼いたします!」
モモビー「ヨロシクっす!」
3人は診察室へ入りました。
ナス彦先生は、イスに座っていました。
ナス彦「話は聞いています。」
ナス彦「子供たちの勉強のためなら、今日は少し相談に乗りましょう。」
ナス彦「ありがとうございます!」
ナス彦先生は、とても静かな人でした。
静かというより――
ものすごく、テンションが低い人でした。
見ているだけで、こっちまで眠くなりそうです。
クリビーは思いました。
クリビー「(こんな人が、心のお医者さんなの……?)」
少し心配になりました。
こんな先生に相談して、本当にナスビー博士は元気になるのでしょうか。
でも――
今日は休みなのに、クリビーたちのために診療所を開けてくれました。
きっと、やさしい人なのです。
クリビーは、博士のことを話しました。
クリビー「ナス彦先生。」
クリビー「ナスビー博士が、ずっと元気がないんだ。」
モモビーも続けます。
モモビー「それに、なんか話しかけづらいんだよ。」
モモビー「こういうときって、話しかけてもいいのか?」
ネギーンも聞きました。
ネギーン「もし声をかけるなら、どんな言葉がいいのでしょうか?」
ナス彦先生は、3人の話を聞いていました。
でも、目がとても眠そうです。
ナス彦「……。」
子供たち「……。」
しばらく沈黙が続きました。
クリビー「先生……?」
クリビーが、もう一度聞こうとした、そのとき。
ナス彦「うーん。」
ナス彦先生が、ようやく口を開きました。
そして――
ナス彦「わかりません。」
クリビー「えーっ!?」
クリビーが叫びました。
モモビー「おいおい!」
モモビーも驚きます。
モモビー「先生、医者なんだろ?」
ネギーン「ありゃま……。」
ネギーンも困った顔をしました。
ナス彦先生は、落ち着いたまま言いました。
ナス彦「医者でも、わからないことくらいありますよ。それに……。」
ナス彦先生は続けます。
ナス彦「ぼくは、ナスビー博士のことをよく知りませんから。」
ナス彦「うわさでは聞いたことがありますけどね。」
そして、ナス彦先生は聞きました。
ナス彦「そもそも、『元気がない』というのは、誰にでもあることです。」
ナス彦「どうして、そんなにナスビー博士のことを心配しているんですか?」
クリビーが答えました。
クリビー「だって、ぼくたちは、博士が元気のないところを見たことがないんだ。」
モモビーも言いました。
モモビー「そうそう!」
モモビー「博士って、落ち込んでもすぐ元気になるんだよ。」
モモビー「ポジティブすぎて、イラッとするくらいのおっさんだったんだ。」
ネギーン「それが、最近はずっと元気がないんです。」
ネギーンも説明しました。
ネギーン「マルナスさんによると、もう一か月くらいになるそうです。」
ネギーン「だから、みんな心配しているんです。」
ナス彦「なるほど。」
ナス彦先生は、少し考えました。
そして言いました。
ナス彦「それなら、今度、診療時間にナスビー博士本人を連れてきてください。」
ナス彦「本人を見ないと、ぼくにも何もわかりません。」
ナス彦「病気なら、薬を出します。以上です。」
ネギーン「わかりました。」
ナス彦先生は、立ち上がりました。
ナス彦「今日は、これで終わりです。」
クリビー「えーっ!」
クリビーが驚きました。
クリビー「もう終わり?」
モモビーも言いました。
モモビー「ちょっと待ってくれよ!」
モモビー「もっと、こう……元気になる方法とかないのか?」
ネギーンは黙っていました。
ナス彦先生は、診察室の扉を開けました。
ナス彦「ぼくは、お医者さんとして答えられることを答えました。」
ナス彦「それでは、また。」
3人は、外へ出ようとしました。
クリビー「……。」
ネギーン「今日は、ありがとうございました。」
ネギーンがお礼を言います。
でも、モモビーは納得していません。
モモビー「いやいや!」
モモビー「おれっちたち、聞きたいこと、全然聞けてないぜ!」
モモビー「思ったより冷たい先生なんだな!」
クリビーとネギーンは、もう帰ろうとしていました。
でも――
モモビーはナス彦先生につっかかりました。
モモビー「おれっちは、ナスビー博士に元気になってほしいんだ!」
モモビー「だから、いい方法がないかと思って、先生を頼って来たんだ!」
モモビー「先生なんだから、なんとかしてくれよ!」
ナス彦先生は、しばらくモモビーを見つめました。
そして――
ナス彦「ふむ。」
ナス彦「では、少しだけ、ぼくの考えを話しましょう。」
ナス彦先生は、モモビーの目を見ました。
ナス彦「ぼくは、ナスビー博士の知り合いではありません。」
ナス彦「でも、君たちは違います。」
ナス彦「ナスビー博士のことを心配するくらい、仲がいいんですよね?」
ナス彦先生は、クリビーとネギーンも見ました。
ナス彦「だったら――。」
ナス彦「ナスビー博士が、何をしたら元気になるのか。」
ナス彦「一番よく知っているのは、君たちじゃないですか?」
クリビーたちは、黙ってしまいました。
ナス彦「そんなに大切な人なら、自分たちで考えてみたらどうです?」
ナス彦「どうして、最初からお医者さんに頼ろうと思ったんですか?」
クリビーは少し困りました。
クリビー「だって……。」
クリビー「ナスミさんがおすすめしてくれたから……。」
ナス彦「なるほど。」
ナス彦先生は、うなずきました。
ナス彦「紹介してもらったら、会いに来ますよね。」
ネギーン「……はい。」
ネギーンが聞きました。
ネギーン「先生……怒っていますか?」
ナス彦「いいえ。」
ナス彦先生は首を横に振りました。
ナス彦「怒ってはいませんよ。」
そして、淡々と話を続けました。
ナス彦「ただ、君たちに覚えておいてほしいことがあります。」
ナス彦「心がつらくなったときは、お医者さんに相談することも大切です。」
ナス彦「でも、いつも誰かに任せればいい、というわけでもありません。」
ナス彦「自分でできることもあります。」
ナス彦「そして、家族や友達など、周りの人の力で元気になれることもあります。」
3人は、静かに話を聞いていました。
ナス彦「だから――。」
ナス彦「ナスビー博士のことを一番よく知っている君たちなら、君たちにしかできないことがあると思いますよ。」
ネギーン「はい……。」
ネギーンがうなずきました。
ネギーン「わかりました。」
モモビーは腕を組みました。
モモビー「なんだよ!」
モモビー「せっかく来たのに、結局、自分たちで考えろってことか!」
ナス彦先生は――
ナス彦「ふふ。」
ほんの少しだけ笑いました。
クリビーは、その顔を見ました。
クリビー「(……今、先生、笑った?)」
たしかめようとじっと見ると
ナス彦先生は、いつもの眠そうな顔に戻っていました。
ナス彦「宿題のレポートの参考にするといいですよ。」
ナス彦「それでは、元気で。」
こうして、3人は診療所を出ました。
子供たち「ありがとうございました!」
クリビーたちが歩き出すと、ナス彦先生は玄関に立ったまま、3人を見ていました。
相変わらず、眠そうな顔です。
でも――
なんとなく、少しだけ楽しそうにも見えました。
帰り道。
モモビーが言いました。
モモビー「なんだ、あの陰キャヤロー!」
モモビー「シロナス先生とは、ぜんぜん違うじゃん!」
モモビー「すげえ冷たい先生だったな!」
クリビーも言いました。
クリビー「うん……ちょっとびっくりした。」
ネギーンは考えながら言いました。
ネギーン「でも、悪い人ではなかったですよ。」
ネギーン「今日は休みなのに、ぼくたちのために話をしてくれましたから。」
クリビー「そうだね。」
クリビーもうなずきました。
モモビーは腕を組みます。
モモビー「でも、おれっちは、精神科なんて一生行かねーぞ!」
ネギーンは笑いました。
ネギーン「ふふふ。モモビーには、一生、必要なさそうですね。」
モモビー「だろ?」
モモビーは胸を張りました。
ネギーン「でも、本当にそうなら、それが一番ですよ。」
ネギーンが言いました。
ネギーン「さて!」
ネギーン「宿題の最初に書くことが決まりましたね。」
ネギーン「まずは――。」
クリビー「落ち込むことは、誰にでもある!」
クリビーが言いました。
ネギーン「そして――。」
ネギーンが続けます。
ネギーン「自分たちにも、できることがある!」
クリビー「いいね!」
クリビーは笑いました。
モモビーも笑います。
モモビー「ネギーンって、聞いたことを文章にするの、うまいよな!」
モモビー「おれっちなんて、『めっちゃムカついた!』しか思いつかないぜ!」
ネギーン「フフフ!」
クリビー「アハハハ!」
3人の笑い声が、林の中に響きました。
行きは、薄暗くて気味の悪かった道。
でも、帰りは違いました。
3人が笑いながら歩いていると、さっきまでの陰気な感じが、気にならなくなっていたのです。
クリビーたちは、そのまま町へ向かって歩いていきました。
つづく
