かけがえのない、ぼく#第ニ章

おはなし

カラン。

ラムネ瓶の中でガラス玉が転がる音。

目の前の景色が少しずつ霞んでいく。

やがて真っ白になる。

ピピピピピ……

電子音が鳴った。

クリビーはゆっくり目を開ける。

白い天井。

エアコンの音。

窓の外には朝日。

しばらく動けない。

(……。)

(……寝てた気がしない。)

枕元にはスマートフォン。

画面には6:00を示す白いデジタルの表示。

通知が並んでいる。

「今日の会議、九時からです」

「至急、資料修正お願いします」

「おはよう(^^)」

恋人からのメッセージ。

クリビーは体を起こす。

部屋の隅にはアイロンのかかったスーツ。

ネクタイ。

社員証。

鏡を見る。

そこには、ハリのない黄色い顔が映っていた。

クリビー「……おじさんじゃん。」

自分で言って、思わず笑った。

クリビー「(不思議な夢だったな……。)」

まだ寝ぼけていた。

頭の中にはまだなんとなく

祭り太鼓の音が残っている気がした。

満員電車。

誰もがスマートフォンを見つめている。

クリビーも無意識にアプリを開く。

誰とも目を合わせない。

駅に着く。

会社へ向かう。

クリビー「おはようございます。」

会社の誰か「おはよう。」

いつもの朝。

急いで資料を直す。

会議に出る。

電話に出る。

メールを返す。

いつもの仕事。

そして気づけば昼休み。

コーヒーを飲みながら窓の外を見る。

ふと思う。

クリビー「(俺が今日休んでも。)」

会社は回る。

クリビー「(俺が辞めても。)」

誰かが席に座る。

クリビー「(俺じゃなくても。)」

仕事は進む。

心のどこかで、小さな声がした。

『代わりなんて、いくらでもいる。』

昨日見た、子供に戻る夢。

たしか道徳の授業は

過去に本当にあったこと。

夏祭りで見たぼくのドッペルゲンガーは

ぼくの空想。

先生が言っていた

『かけがえのない、あなた』という話に

ずっと疑問を持っていた。

『本当にぼくは一人しかいないの?』

『もう一人いてもいいじゃない!』

子供の頃から、そんな疑問を思っていた。

だけど気づいたら

『ぼくがもう一人いようが、二人いようが、世界は何も変わらない。』

という気持ちに変わっていた。

大人になるって辛い。

『ぼくなんていなくても別に。』

その言葉は、冷たく胸に沈んだ。

仕事帰り。

駅前を歩く。

信号待ち。

向こうから楽しそうなカップルが歩いてくる。

恋人の顔が浮かぶ。

クリビー「(あいつは……。)」

クリビー「(俺じゃなくても。)」

もっと優しくて。

もっとかっこよくて。

もっと稼ぐ人なんて。

いくらでもいる。

クリビー「(俺は、本当に必要なんだろうか。)」

歩きながら、自分で苦笑した。

クリビー「何考えてるんだ。」

その時だった。

コンビニの前に、小さなワゴンが出ていた。

『夏限定! ラムネ』

青い瓶が水氷に浸っている。

クリビーは立ち止まった。

クリビー「……。」

気づけば一本手に取っていた。

レジを済ませる。

公園のベンチへ座る。

親指でガラス玉を押す。

ポン。

思わず笑ってしまう。

クリビー「懐かしいな。」

一口飲む。

冷たい。

少し甘い。

そして瓶の中には。

青いガラス玉。

クリビー「(俺が子供の時より、ひとまわり小さくなった気が……。)」

気のせいか。

クリビーは瓶を逆さにした。

コロン。

口のところまで来る。

でも出ない。

クリビー「あ。」

そういえば。

クリビー「(昨日の夢の、もう一人のぼく。)」

クリビー「(ラムネを買っていたな。)」

昔。

このガラス玉が欲しくてたまらなかった。

飲み終わった瓶を何本も集めて。

逆さにして。

振って。

父に頼んで。

父「割ったら危ないから。」

そう言われて。

悔しくて。

回収されるトラックを見送りながら。

クリビー「返してよ……。」

本気で思っていた。

なのに。

いつからだろう。

そんなことを忘れていた。

クリビー「ビー玉なんて。」

どうでもいい。

そう思うようになっていた。

クリビーは瓶を見つめる。

そして、心の中で静かにつぶやく。

クリビー「(なぜ、あの子はぼくを見て笑ったんだろう……。)」

ちょっとだけ気になった。

『夢占い もう一人の自分を見る』

持っていたスマホで検索。

……しようと思ったが

そういうことじゃないだろう。

夢の続きって

見られないものかな?

あの夢の続きに行って

あの子と話してみたい。

あの子の正体を知りたい……。

なんて下らないことを

頭の中で言葉にしているのだ。

大人は、思い切らないと

バカになれない……。

ふと、思い出す。

そういえば。

子供の頃

近所に、ナスビー博士という、ヘンテコなおじさんがいて

いつも、ぼくたちの純粋な願いを、真剣に聞いてくれていた。

クリビー「(たしか、博士は……。)」

色々な発明をしていた。

ハイパーセンシティブ・ウォシュレット

……超敏感なおしりの人のために、100段階の強さが調節できるウォシュレット!

片道タイムマシン

……未来に行ったきり帰ってこれないタイムマシン!(確証なし)

自動モザイク生成メガネ

……かけると不適切な部分が自動でモザイクに見えるメガネ!

全自動二度寝ベッド

……目覚ましを止めると『まだ寝ましょう。』とおすすめしてくるベッド!

おならごまかし音楽スピーカー

……おならの予兆を感知して大音量で音楽が流れるスピーカー!なんと、好きな音楽を設定できる!

など

誰も必要としていない発明を連発していた。

子供だった僕らは、博士の発明を試すたび事件に巻き込まれ

楽しい日々だった。

クリビー「(最後に会ったときは。)」

『若返り薬』を発明するぞー!

ピチピチギャルにモテモテになるんじゃー!

って

ハリキってたっけ……。

きっと、あの博士なら

『夢の続きが見られるマシーン』

なんて

発明してたりしないかな?

気になってきた……。

でも

気まずい。

実は、いつしかぼくたちは

博士をバカにするようになっていた。

高校生くらいからか

他の大人たちがよってたかって博士を軽蔑するように

『働きもしないで』

『親の金を役に立たない発明に使って』

『好き勝手に生きていて』

『子供おじさん』

『一緒にいるとバカになる』

『関わらない方がいい』

『時間のムダだ』

と、思うようになった。

でもなぜか今になって

博士のような人がうらやましい

と思える自分に気がつく。

疲れてるだけだろうか。

ちょっと、会ってみたい。

疎遠になって、心苦しいけど。

久しぶりに地元に帰ってみようか。

まだ、あの町外れの寂しい場所に

奇妙な形の、研究所はあるのか。

知りたくなった。

(第三章へ)つづく