ある日の、発明サークル。
もう授業のない午後。
部室の机の上に、ヘンテコな形の装置があった。
それを目の前に、ナスビーは腕を組む。
ナスビー「とりあえずは、完成だな!」
装置からは、何本ものアンテナが伸びている。
ニラッチが横から覗き込んだ。
ニラッチ「……何だこれは?」
ナスビー「おっ!やっぱ気になる?」
ナスビーは得意げに胸を張った。
ナスビー「これは試作中の『本音ボロボロマシーン』だ!」
ニラッチ「ほう。」
ナスビー「脳に特殊な電波を浴びせ、その人の本音を引き出す!」
ニラッチは鼻で笑った。
ニラッチ「フン!また下らんものを。」
しかし、そう言いつつ、ナスビーが作った装置に興味津々だった。
ニラッチ「それで、実際に試したのか?」
ナスビー「いや、まだ。」
ニラッチ「安全性は?」
ナスビー「問題ない!」
ニラッチ「本当だろうな?」
ナスビー「たぶん!」
ニラッチ「信用できんな。」
ナスビー「なんだって?」
そのとき。
ガチャッ。
ミヨ子「こんにちはー!」
ミヨ子が入ってきた。
ところが、ナスビーとニラッチは言い合いになっていた。
ニラッチ「なぜこんなに配線が汚くなるんだ。」
ナスビー「動けばいいだろ?」
ニラッチ「仕事が雑だ。センスがない。」
ナスビー「なんだとーっ!」
ニラッチ「そもそも本音を引き出す装置など必要ない。」
ナスビー「いやいや、絶対、役立つから!」
ニラッチ「発想が凡人だ。」
ナスビー「凡人の気持ちがわかってこそ天才だ!」
ミヨ子「またいつものケンカですわ……。」
ミヨ子はタメ息をついた。
ミヨ子「あら、これ何ですの?」
ニラッチが振り返る。
ミヨ子は装置のスイッチに手を伸ばしていた。
ミヨ子「また新しい発明品ですの?――」
カチッ。
なんのためらいもなくスイッチを押すミヨ子。
ニラッチ「バカッ!」
とっさにミヨ子を装置から引き離すニラッチ。
ピピピピピピ・・・・
装置から変な音がしていた。
びりびり!どかーん!!!
ニラッチ「うわー!!!」
ナスビー「ニラッチ!!!」
ニラッチはミヨ子をかばって電波を浴びてしまった。
ニラッチ「うう……。」
ナスビー「大丈夫かニラッチ!!!」
ミヨ子「ニラ様っ!!!」
ニラッチはゆっくり顔を上げる。
その視線の先には――ミヨ子がいた。
ニラッチ「…………。」
ミヨ子「ニラ様、大丈夫ですの?」
ニラッチ「…………ミヨ子。」
ニラッチはじっとミヨ子を見つめる。
ミヨ子「は、はい?」
ニラッチ「……可愛い。」
ミヨ子「…………え?」
ナスビーが目を丸くした。
ナスビー「お?」
ニラッチ「すごく可愛い。」
ミヨ子「ニ、ニラ様……?」
ニラッチ「どうして今まで気づかなかったんだ……。」
ニラッチはミヨ子へ近づいていく。
ニラッチ「その笑顔も。」
ミヨ子「……。」
ニラッチ「その声も。」
ミヨ子「…………。」
ニラッチ「俺を見て嬉しそうにするところも……全部好きだ。」
ミヨ子「…………!!」
ミヨ子の顔が一気に赤くなる。
ミヨ子「ニラ様~~~~~!?」
ニラッチ「どうした?」
ミヨ子「だ、だって……!」
ニラッチ「俺は本心を言っているだけだ。」
ミヨ子「本心!?」
ニラッチ「そうだ。」
ニラッチは真顔だった。
ニラッチ「俺はミヨ子が好きだ。」
ミヨ子「…………!」
ミヨ子は完全に固まった。
その後ろで、ナスビー。
必死に笑いをこらえていた。
ナスビー「なるほどな!」
ミヨ子「ナスビーさん、これは一体どういうことですの……?」
ナスビー「さっそく効果が出てるみたいだ!」
ミヨ子「効果って、何の!?」
ナスビー「ニラッチの本音を引き出す効果!」
ミヨ子「なんですって…………。」
ミヨ子の顔がさらに赤くなる。
ミヨ子「そ、それって……。」
ナスビー「つまり、ニラッチって本当はミヨ子のこと――」
ナスビーがニヤリとして言いかけたそのとき。
ニラッチ「ナスビー!」
ニラッチが怒鳴る。
ニラッチ「お前は邪魔だ。出て行ってくれ。」
ナスビー「うひょー。俺にはいつも通りかよ!」
ニラッチ「当たり前だ!貴様は普段から、うとましい存在だ!」
ナスビー「う・と・ま・し・い?(って、どういう意味だ?)」
ニラッチ「まあいい。」
ニラッチはミヨ子を見る。
すると、すぐに表情を緩めた。
ニラッチ「……ミヨ子、好きだ。」
ミヨ子「……。」
ミヨ子は心の中で思った。
(ワタクシ、今日、死んでもいいですわ……。)
ニラッチ「……ミヨ子、聞いてるのか?君が好きだ。大好きだ。」
ナスビー「ううー。吐きそう。」
ミヨ子は困惑しながらも、嬉しさを隠せなかった。
ミヨ子「ニラ様……。」
ニラッチ「なんだ?」
ミヨ子「私……嬉しいです。」
ニラッチ「そうか。」
ニラッチは微笑む。
ニラッチ「なら、デートに行こう。」
ミヨ子「……え?」
二ラッチ「今からだ。」
ミヨ子「今から!?」
ニラッチ「映画を見よう。」
ミヨ子「映画……!」
ニラッチ「それから水族館にも行く。」
ミヨ子「水族館!」
ニラッチ「買い物もしたい。」
ミヨ子「ショッピングまで!?」
ニラッチ「君と一緒なら、どこへ行っても楽しいだろう。」
ミヨ子「ハァ…………。」
ミヨ子は両手で頬を押さえた。
ミヨ子「夢みたい……!」
その横でナスビーはノートを取り出した。
ナスビー「観察記録、1ページ目!」
ミヨ子「ナスビーさん?」
ナスビー「『ニラッチ、恋愛感情が抑えきれず、突然デートを提案』!」
ミヨ子「書かないで下さい!」
ニヤニヤして2人をじろじろ見るナスビー。
ニラッチ「まさか、お前も来るのか!?」
ナスビー「もちろん。観察者だから!」
ニラッチ「帰れ!」
ナスビー「はいはい。」
ニラッチ「ミヨ子、気にせず行くぞ。」
ミヨ子「……はい。」
***
外は晴れており、デート日和だった。
最初に二人が訪れたのは映画館だった。
ニラッチ「ミヨ子、何が見たい?」
ミヨ子「えっと……これがいい…ですわ!」
ニラッチ「よし、それにしよう。」
ミヨ子「ニラ様、こういう映画お好きなんですの?」
ニラッチ「別に。」
ミヨ子「じゃあ、どうして?」
ニラッチ「君が見たいなら、それでいい。」
ミヨ子「…………。」
ミヨ子はまた赤くなる。
後ろからナスビーが実況する。
ナスビー「開始三分。ニラッチ、早くも『君が見たいならそれでいい』という甘い台詞!」
ミヨ子「ナスビーさんっ!」
ナスビー「おっと、ミヨ子選手、照れております!」
ミヨ子「実況やめてください!」
映画が始まっても、ニラッチは隣のミヨ子をちらちら見ていた。
ニラッチ「……。」
ミヨ子「ニラ様?」
ニラッチ「何でもない。」
ミヨ子「さっきからワタクシの方ばかり見てませんこと?」
ニラッチ「君が隣にいるからだ。」
ミヨ子「え?」
ニラッチ「見たくなる。」
ミヨ子「…………。」
ミヨ子はスクリーンを見たまま固まった。
ミヨ子「映画、始まってますわよ!」
ニラッチ「映画より君を見ていたい。」
ミヨ子「…………もう!」
ナスビーは後ろの席で悶絶していた。
***
次に二人が向かったのは水族館。
大きな水槽の前で、ミヨ子が目を輝かせる。
ミヨ子「わあ……綺麗ですわ~!」
ニラッチ「そうだな。」
ミヨ子「ニラ様、見てください!あのお魚!」
ニラッチ「ああ、見た。」
ミヨ子「すごいですわよ!」
ニラッチ「……。」
ミヨ子「ニラ様?」
ニラッチ「楽しそうにしてる君のを見るのが、一番楽しい。」
ミヨ子「…………。」
ニラッチ「だが、魚ばかりでなく、俺をもっと見てくれ。」
ミヨ子「そんな……。」
ミヨ子は思わず視線をそらしてしまった。
その後ろでナスビーが実況する。
ナスビー「水族館編!ニラッチ選手、魚をほぼ見ていません!」
ミヨ子「ナスビーさんっ!」
ナスビー「『俺をもっと見てくれ!』には、クラゲもびっくりです!」
ニラッチ「黙れ!」
ミヨ子は顔を真っ赤にして笑っていた。
***
そして最後はショッピング。
ニラッチ「ミヨ子。」
ミヨ子「はい?」
ニラッチ「何か欲しいものはあるか?」
ミヨ子「え?特にないですわ……。」
ニラッチ「遠慮するな。」
ミヨ子「本当に大丈夫ですの。」
ニラッチ「俺が買ってやる。」
ミヨ子「でも……。」
ニラッチ「君が喜ぶ顔が見たい。」
ミヨ子「…………。」
ミヨ子はしばらく考えたが。
ミヨ子「今、本当に、欲しいものは、ないですの。」
ニラッチ「そうなのか?」
ミヨ子「はい……。」
ニラッチ「ミヨ子。」
ミヨ子「……はい?」
ニラッチ「気を遣ってるな。」
ニラッチは微笑んだ。
ミヨ子はその笑顔を見つめる。
ミヨ子「……。」
ミヨ子は考えた。
最初は嬉しかった。
夢のようだった。
大好きなニラッチが、自分だけを見てくれている。
優しくしてくれる。
こんな素敵なデートに連れていってくれて
欲しいものまで買ってくれると言う。
だけど――。
ミヨ子「……。」
ミヨ子の胸の奥に、少しずつ小さな違和感が生まれていた。
いつものニラッチは、もっと冷たい。
頑張って追いかけても必ず
ミヨ子から逃げる。
それが今は逆転して……。
こんなニラ様は――――。
そして、
こんなワタクシは――――。
ニラッチ「ミヨ子。」
ミヨ子「はい?」
ニラッチ「次はあっちへ行こう。」
ミヨ子「……はい。」
ニラッチの優しい声を聞くほど、ミヨ子は胸がだんだん苦しくなっていった。
***
そして、夕方。
二人は宝石店の前にいた。
ニラッチ「ミヨ子。」
ミヨ子「はい。」
ニラッチ「これを見ろ。」
ニラッチが指差したショーケース。
そこには美しい指輪が並んでいた。
ミヨ子「わあ……。」
ニラッチ「気に入ったか?」
ミヨ子「え?」
ニラッチ「好きなものを選べ。」
ミヨ子「そんな……!」
ニラッチ「俺が買ってやる。」
ミヨ子「でも、こんな高そうなもの……。」
ニラッチは真剣な表情をする。
ニラッチ「婚約指輪だ。」
ミヨ子「…………。」
ミヨ子の時間が止まった。
ミヨ子「………。」
ニラッチ「俺と君のためのものだ。」
ミヨ子「ニ、ニラ様そんな……。」
ニラッチ「俺は本気だ。」
ナスビーが後ろで目を見開く。
ナスビー「……おお!」
ニラッチ「何だ、ナスビー。」
ナスビー「いや、まさか婚約まで行くとは……!」
ニラッチ「黙っていろ。」
ニラッチはミヨ子だけを見る。
ニラッチ「ミヨ子。」
ミヨ子「…………。」
ニラッチ「さあ、どれでもいいぞ。」
ニラッチはミヨ子に指輪を選ぶよう促した。
ニラッチ「どうした?君はずっと、こういうものが欲しいと思ってたんじゃないのか?」
ミヨ子「……。」
ニラッチはミヨ子の手を握ろうとした……そのとき。
ミヨ子「あの…………。」
ニラッチ「ミヨ子?」
ミヨ子「……。」
嬉しい。
本当に嬉しい。
いつかこんな日が来ることをずっと夢見ていた。
なのに。
どうしてだろう。
素直に喜べない。
ミヨ子「……ごめんなさい。」
ニラッチ「なぜ謝る?」
ミヨ子「嬉しいんです。」
ニラッチ「なら――。」
ミヨ子「でも……。」
ミヨ子は指輪を見つめる。
ミヨ子「こんなに優しいニラ様……。」
ニラッチ「…………。」
ミヨ子「なんだか、気持ち悪いですわ~~~~っ!!!」
ニラッチ「……なっ!」
ガガーン!
ショックを受けるニラッチ。
ミヨ子「ワタクシの知ってるニラ様は……。」
ミヨ子はニラッチを見て堂々と言う。
ミヨ子「もっと威張ってて、意地っ張りで、冷たくて!」
ニラッチ「……。」
ミヨ子「すぐ『愚かな!』って言って!」
ニラッチ「…………。」
ミヨ子「ワタクシのことだって、こんなに好き好きって、言わない人ですわ!」
ニラッチ「……ミヨ子。」
ミヨ子「だから……。」
ミヨ子は困ったように笑う。
ミヨ子「いつものニラッチさんに、戻ってほしいんですの!」
その瞬間だった。
ニラッチがふらりとよろめいた。
ニラッチ「ぐぅ…!頭が痛いっ…!」
ナスビー「ダイジョブか!?」
ミヨ子「ニラ様!?」
ニラッチが頭を押さえる。
ニラッチ「俺は……何を……。」
そして――。
数秒後。
ニラッチ「…………。」
ニラッチが顔を上げた。
ニラッチ「?」
ショーケースを見る。
ニラッチ「?」
ミヨ子を見る。
ニラッチ「?」
ナスビーを見る。
ナスビー「……。」
ニラッチ「ナスビー。」
ナスビー「はい。」
ニラッチ「俺はなぜ宝石店にいる?」
ナスビー「いやいや!お前がミヨ子をここに連れてきたんじゃないか!」
ニラッチ「…………。」
ナスビー「映画館、水族館、ショッピングぅ~!」
ニラッチ「…………。」
ナスビー「そして今、婚約指輪を買おうとしてた!」
ニラッチ「…………。」
ニラッチの顔が真っ赤になった。
ニラッチ「な――。」
ナスビー「ミヨ子に『俺と君のためのものだ』なんて言っちゃってさ~!」
ニラッチ「言うなぁぁぁぁぁ!!」
ナスビー「『俺は本気だ』とも♪」
ニラッチ「やめろぉぉぉ!!」
ナスビー「いやー、こんなメロメロなニラ様、初めて♡」
ニラッチ「貴様ぁぁぁぁぁ!!」
ニラッチがナスビーを追いかけ始める。
ニラッチ「待て!そのノートをよこせえええ!」
ナスビー「おっと!研究資料だから無理!」
ニラッチ「貸せえええ!」
ナスビー「嫌だぁ~ねっ!」
ミヨ子はそんな二人を見ながら、くすくす笑った。
ミヨ子「……ふふっ。」
ナスビーを追いかけていたニラッチが一瞬、振り返る。
ニラッチ「ミヨ子!」
ミヨ子「はい?」
ニラッチ「笑うなあああ!」
ミヨ子「ごめんなさい!」
ニラッチ「おのれ!ナスビー!許さあああん!」
ナスビー「ぷははは!このノート最高!」
ミヨ子は嬉しそうに笑った。
ミヨ子「いつものニラッチさんに戻って、よかったですわ♪」
ナスビー「本日の観察結果まとめ~~~!」
大声で叫ぶナスビー。
ニラッチ「言うなと言っているっ!」
ナスビー「『愛しのニラ様、電波で恋愛感情が暴走。デートの末、ミヨ子に婚約指輪を購入しかける!』」
ニラッチ「殺してやるううううう!!」
夕暮れの街に、いつものニラッチの怒鳴り声が響き渡った。
そしてミヨ子は密かに思っていた。
こんな日々がずっと続けばいい。
そしてこんな日々はもう二度と戻らないんだ―――。
やがてそう思う日が訪れるということを。
おわり
