第X5話 二人がまだ仲良かった頃の話#X5

おはなし

ある日の、発明サークル。

もう授業のない午後。

部室の机の上に、ヘンテコな形の装置があった。

それを目の前に、ナスビーは腕を組む。

ナスビー「とりあえずは、完成だな!」

装置からは、何本ものアンテナが伸びている。

ニラッチが横から覗き込んだ。

ニラッチ「……何だこれは?」

ナスビー「おっ!やっぱ気になる?」

ナスビーは得意げに胸を張った。

ナスビー「これは試作中の『本音ボロボロマシーン』だ!」

ニラッチ「ほう。」

ナスビー「脳に特殊な電波を浴びせ、その人の本音を引き出す!」

ニラッチは鼻で笑った。

ニラッチ「フン!また下らんものを。」

しかし、そう言いつつ、ナスビーが作った装置に興味津々だった。

ニラッチ「それで、実際に試したのか?」

ナスビー「いや、まだ。」

ニラッチ「安全性は?」

ナスビー「問題ない!」

ニラッチ「本当だろうな?」

ナスビー「たぶん!」

ニラッチ「信用できんな。」

ナスビー「なんだって?」

そのとき。

ガチャッ。

ミヨ子「こんにちはー!」

ミヨ子が入ってきた。

ところが、ナスビーとニラッチは言い合いになっていた。

ニラッチ「なぜこんなに配線が汚くなるんだ。」

ナスビー「動けばいいだろ?」

ニラッチ「仕事が雑だ。センスがない。」

ナスビー「なんだとーっ!」

ニラッチ「そもそも本音を引き出す装置など必要ない。」

ナスビー「いやいや、絶対、役立つから!」

ニラッチ「発想が凡人だ。」

ナスビー「凡人の気持ちがわかってこそ天才だ!」

ミヨ子「またいつものケンカですわ……。」

ミヨ子はタメ息をついた。

ミヨ子「あら、これ何ですの?」

ニラッチが振り返る。

ミヨ子は装置のスイッチに手を伸ばしていた。

ミヨ子「また新しい発明品ですの?――」

カチッ。

なんのためらいもなくスイッチを押すミヨ子。

ニラッチ「バカッ!」

とっさにミヨ子を装置から引き離すニラッチ。

ピピピピピピ・・・・

装置から変な音がしていた。

びりびり!どかーん!!!

ニラッチ「うわー!!!」

ナスビー「ニラッチ!!!」

ニラッチはミヨ子をかばって電波を浴びてしまった。

ニラッチ「うう……。」

ナスビー「大丈夫かニラッチ!!!」

ミヨ子「ニラ様っ!!!」

ニラッチはゆっくり顔を上げる。

その視線の先には――ミヨ子がいた。

ニラッチ「…………。」

ミヨ子「ニラ様、大丈夫ですの?」

ニラッチ「…………ミヨ子。」

ニラッチはじっとミヨ子を見つめる。

ミヨ子「は、はい?」

ニラッチ「……可愛い。」

ミヨ子「…………え?」

ナスビーが目を丸くした。

ナスビー「お?」

ニラッチ「すごく可愛い。」

ミヨ子「ニ、ニラ様……?」

ニラッチ「どうして今まで気づかなかったんだ……。」

ニラッチはミヨ子へ近づいていく。

ニラッチ「その笑顔も。」

ミヨ子「……。」

ニラッチ「その声も。」

ミヨ子「…………。」

ニラッチ「俺を見て嬉しそうにするところも……全部好きだ。」

ミヨ子「…………!!」

ミヨ子の顔が一気に赤くなる。

ミヨ子「ニラ様~~~~~!?」

ニラッチ「どうした?」

ミヨ子「だ、だって……!」

ニラッチ「俺は本心を言っているだけだ。」

ミヨ子「本心!?」

ニラッチ「そうだ。」

ニラッチは真顔だった。

ニラッチ「俺はミヨ子が好きだ。」

ミヨ子「…………!」

ミヨ子は完全に固まった。

その後ろで、ナスビー。

必死に笑いをこらえていた。

ナスビー「なるほどな!」

ミヨ子「ナスビーさん、これは一体どういうことですの……?」

ナスビー「さっそく効果が出てるみたいだ!」

ミヨ子「効果って、何の!?」

ナスビー「ニラッチの本音を引き出す効果!」

ミヨ子「なんですって…………。」

ミヨ子の顔がさらに赤くなる。

ミヨ子「そ、それって……。」

ナスビー「つまり、ニラッチって本当はミヨ子のこと――」

ナスビーがニヤリとして言いかけたそのとき。

ニラッチ「ナスビー!」

ニラッチが怒鳴る。

ニラッチ「お前は邪魔だ。出て行ってくれ。」

ナスビー「うひょー。俺にはいつも通りかよ!」

ニラッチ「当たり前だ!貴様は普段から、うとましい存在だ!」

ナスビー「う・と・ま・し・い?(って、どういう意味だ?)」

ニラッチ「まあいい。」

ニラッチはミヨ子を見る。

すると、すぐに表情を緩めた。

ニラッチ「……ミヨ子、好きだ。」

ミヨ子「……。」

ミヨ子は心の中で思った。

(ワタクシ、今日、死んでもいいですわ……。)

ニラッチ「……ミヨ子、聞いてるのか?君が好きだ。大好きだ。」

ナスビー「ううー。吐きそう。」

ミヨ子は困惑しながらも、嬉しさを隠せなかった。

ミヨ子「ニラ様……。」

ニラッチ「なんだ?」

ミヨ子「私……嬉しいです。」

ニラッチ「そうか。」

ニラッチは微笑む。

ニラッチ「なら、デートに行こう。」

ミヨ子「……え?」

二ラッチ「今からだ。」

ミヨ子「今から!?」

ニラッチ「映画を見よう。」

ミヨ子「映画……!」

ニラッチ「それから水族館にも行く。」

ミヨ子「水族館!」

ニラッチ「買い物もしたい。」

ミヨ子「ショッピングまで!?」

ニラッチ「君と一緒なら、どこへ行っても楽しいだろう。」

ミヨ子「ハァ…………。」

ミヨ子は両手で頬を押さえた。

ミヨ子「夢みたい……!」

その横でナスビーはノートを取り出した。

ナスビー「観察記録、1ページ目!」

ミヨ子「ナスビーさん?」

ナスビー「『ニラッチ、恋愛感情が抑えきれず、突然デートを提案』!」

ミヨ子「書かないで下さい!」

ニヤニヤして2人をじろじろ見るナスビー。

ニラッチ「まさか、お前も来るのか!?」

ナスビー「もちろん。観察者だから!」

ニラッチ「帰れ!」

ナスビー「はいはい。」

ニラッチ「ミヨ子、気にせず行くぞ。」

ミヨ子「……はい。」

***

外は晴れており、デート日和だった。

最初に二人が訪れたのは映画館だった。

ニラッチ「ミヨ子、何が見たい?」

ミヨ子「えっと……これがいい…ですわ!」

ニラッチ「よし、それにしよう。」

ミヨ子「ニラ様、こういう映画お好きなんですの?」

ニラッチ「別に。」

ミヨ子「じゃあ、どうして?」

ニラッチ「君が見たいなら、それでいい。」

ミヨ子「…………。」

ミヨ子はまた赤くなる。

後ろからナスビーが実況する。

ナスビー「開始三分。ニラッチ、早くも『君が見たいならそれでいい』という甘い台詞!」

ミヨ子「ナスビーさんっ!」

ナスビー「おっと、ミヨ子選手、照れております!」

ミヨ子「実況やめてください!」

映画が始まっても、ニラッチは隣のミヨ子をちらちら見ていた。

ニラッチ「……。」

ミヨ子「ニラ様?」

ニラッチ「何でもない。」

ミヨ子「さっきからワタクシの方ばかり見てませんこと?」

ニラッチ「君が隣にいるからだ。」

ミヨ子「え?」

ニラッチ「見たくなる。」

ミヨ子「…………。」

ミヨ子はスクリーンを見たまま固まった。

ミヨ子「映画、始まってますわよ!」

ニラッチ「映画より君を見ていたい。」

ミヨ子「…………もう!」

ナスビーは後ろの席で悶絶していた。

***

次に二人が向かったのは水族館。

大きな水槽の前で、ミヨ子が目を輝かせる。

ミヨ子「わあ……綺麗ですわ~!」

ニラッチ「そうだな。」

ミヨ子「ニラ様、見てください!あのお魚!」

ニラッチ「ああ、見た。」

ミヨ子「すごいですわよ!」

ニラッチ「……。」

ミヨ子「ニラ様?」

ニラッチ「楽しそうにしてる君のを見るのが、一番楽しい。」

ミヨ子「…………。」

ニラッチ「だが、魚ばかりでなく、俺をもっと見てくれ。」

ミヨ子「そんな……。」

ミヨ子は思わず視線をそらしてしまった。

その後ろでナスビーが実況する。

ナスビー「水族館編!ニラッチ選手、魚をほぼ見ていません!」

ミヨ子「ナスビーさんっ!」

ナスビー「『俺をもっと見てくれ!』には、クラゲもびっくりです!」

ニラッチ「黙れ!」

ミヨ子は顔を真っ赤にして笑っていた。

***

そして最後はショッピング。

ニラッチ「ミヨ子。」

ミヨ子「はい?」

ニラッチ「何か欲しいものはあるか?」

ミヨ子「え?特にないですわ……。」

ニラッチ「遠慮するな。」

ミヨ子「本当に大丈夫ですの。」

ニラッチ「俺が買ってやる。」

ミヨ子「でも……。」

ニラッチ「君が喜ぶ顔が見たい。」

ミヨ子「…………。」

ミヨ子はしばらく考えたが。

ミヨ子「今、本当に、欲しいものは、ないですの。」

ニラッチ「そうなのか?」

ミヨ子「はい……。」

ニラッチ「ミヨ子。」

ミヨ子「……はい?」

ニラッチ「気を遣ってるな。」

ニラッチは微笑んだ。

ミヨ子はその笑顔を見つめる。

ミヨ子「……。」

ミヨ子は考えた。

最初は嬉しかった。

夢のようだった。

大好きなニラッチが、自分だけを見てくれている。

優しくしてくれる。

こんな素敵なデートに連れていってくれて

欲しいものまで買ってくれると言う。

だけど――。

ミヨ子「……。」

ミヨ子の胸の奥に、少しずつ小さな違和感が生まれていた。

いつものニラッチは、もっと冷たい。

頑張って追いかけても必ず

ミヨ子から逃げる。

それが今は逆転して……。

こんなニラ様は――――。

そして、

こんなワタクシは――――。

ニラッチ「ミヨ子。」

ミヨ子「はい?」

ニラッチ「次はあっちへ行こう。」

ミヨ子「……はい。」

ニラッチの優しい声を聞くほど、ミヨ子は胸がだんだん苦しくなっていった。

***

そして、夕方。

二人は宝石店の前にいた。

ニラッチ「ミヨ子。」

ミヨ子「はい。」

ニラッチ「これを見ろ。」

ニラッチが指差したショーケース。

そこには美しい指輪が並んでいた。

ミヨ子「わあ……。」

ニラッチ「気に入ったか?」

ミヨ子「え?」

ニラッチ「好きなものを選べ。」

ミヨ子「そんな……!」

ニラッチ「俺が買ってやる。」

ミヨ子「でも、こんな高そうなもの……。」

ニラッチは真剣な表情をする。

ニラッチ「婚約指輪だ。」

ミヨ子「…………。」

ミヨ子の時間が止まった。

ミヨ子「………。」

ニラッチ「俺と君のためのものだ。」

ミヨ子「ニ、ニラ様そんな……。」

ニラッチ「俺は本気だ。」

ナスビーが後ろで目を見開く。

ナスビー「……おお!」

ニラッチ「何だ、ナスビー。」

ナスビー「いや、まさか婚約まで行くとは……!」

ニラッチ「黙っていろ。」

ニラッチはミヨ子だけを見る。

ニラッチ「ミヨ子。」

ミヨ子「…………。」

ニラッチ「さあ、どれでもいいぞ。」

ニラッチはミヨ子に指輪を選ぶよう促した。

ニラッチ「どうした?君はずっと、こういうものが欲しいと思ってたんじゃないのか?」

ミヨ子「……。」

ニラッチはミヨ子の手を握ろうとした……そのとき。

ミヨ子「あの…………。」

ニラッチ「ミヨ子?」

ミヨ子「……。」

嬉しい。

本当に嬉しい。

いつかこんな日が来ることをずっと夢見ていた。

なのに。

どうしてだろう。

素直に喜べない。

ミヨ子「……ごめんなさい。」

ニラッチ「なぜ謝る?」

ミヨ子「嬉しいんです。」

ニラッチ「なら――。」

ミヨ子「でも……。」

ミヨ子は指輪を見つめる。

ミヨ子「こんなに優しいニラ様……。」

ニラッチ「…………。」

ミヨ子「なんだか、気持ち悪いですわ~~~~っ!!!」

ニラッチ「……なっ!」

ガガーン!

ショックを受けるニラッチ。

ミヨ子「ワタクシの知ってるニラ様は……。」

ミヨ子はニラッチを見て堂々と言う。

ミヨ子「もっと威張ってて、意地っ張りで、冷たくて!」

ニラッチ「……。」

ミヨ子「すぐ『愚かな!』って言って!」

ニラッチ「…………。」

ミヨ子「ワタクシのことだって、こんなに好き好きって、言わない人ですわ!」

ニラッチ「……ミヨ子。」

ミヨ子「だから……。」

ミヨ子は困ったように笑う。

ミヨ子「いつものニラッチさんに、戻ってほしいんですの!」

その瞬間だった。

ニラッチがふらりとよろめいた。

ニラッチ「ぐぅ…!頭が痛いっ…!」

ナスビー「ダイジョブか!?」

ミヨ子「ニラ様!?」

ニラッチが頭を押さえる。

ニラッチ「俺は……何を……。」

そして――。

数秒後。

ニラッチ「…………。」

ニラッチが顔を上げた。

ニラッチ「?」

ショーケースを見る。

ニラッチ「?」

ミヨ子を見る。

ニラッチ「?」

ナスビーを見る。

ナスビー「……。」

ニラッチ「ナスビー。」

ナスビー「はい。」

ニラッチ「俺はなぜ宝石店にいる?」

ナスビー「いやいや!お前がミヨ子をここに連れてきたんじゃないか!」

ニラッチ「…………。」

ナスビー「映画館、水族館、ショッピングぅ~!」

ニラッチ「…………。」

ナスビー「そして今、婚約指輪を買おうとしてた!」

ニラッチ「…………。」

ニラッチの顔が真っ赤になった。

ニラッチ「な――。」

ナスビー「ミヨ子に『俺と君のためのものだ』なんて言っちゃってさ~!」

ニラッチ「言うなぁぁぁぁぁ!!」

ナスビー「『俺は本気だ』とも♪」

ニラッチ「やめろぉぉぉ!!」

ナスビー「いやー、こんなメロメロなニラ様、初めて♡」

ニラッチ「貴様ぁぁぁぁぁ!!」

ニラッチがナスビーを追いかけ始める。

ニラッチ「待て!そのノートをよこせえええ!」

ナスビー「おっと!研究資料だから無理!」

ニラッチ「貸せえええ!」

ナスビー「嫌だぁ~ねっ!」

ミヨ子はそんな二人を見ながら、くすくす笑った。

ミヨ子「……ふふっ。」

ナスビーを追いかけていたニラッチが一瞬、振り返る。

ニラッチ「ミヨ子!」

ミヨ子「はい?」

ニラッチ「笑うなあああ!」

ミヨ子「ごめんなさい!」

ニラッチ「おのれ!ナスビー!許さあああん!」

ナスビー「ぷははは!このノート最高!」

ミヨ子は嬉しそうに笑った。

ミヨ子「いつものニラッチさんに戻って、よかったですわ♪」

ナスビー「本日の観察結果まとめ~~~!」

大声で叫ぶナスビー。

ニラッチ「言うなと言っているっ!」

ナスビー「『愛しのニラ様、電波で恋愛感情が暴走。デートの末、ミヨ子に婚約指輪を購入しかける!』」

ニラッチ「殺してやるううううう!!」

夕暮れの街に、いつものニラッチの怒鳴り声が響き渡った。

そしてミヨ子は密かに思っていた。

こんな日々がずっと続けばいい。

そしてこんな日々はもう二度と戻らないんだ―――。

やがてそう思う日が訪れるということを。

おわり