そうこうして、大学生活は2年目を迎えた。
秋風が涼しい、ある夜のこと。
チュッチューセッセ工科大学から少し離れた商店街の一角に、小さな居酒屋がある。
その店の奥にあるカウンター席に、今日も二人の大学生が並んでいた。
ナスビー「いやあ、今日も疲れたなあ!」
ナスビーが豪快に笑いながら、追加のビールを注文する。
ニラッチ「……お前は、よく毎日そんな元気だな。」
ニラッチは、さほど酒に強くなかった。
最初に頼んだビールを少しずつ飲みながら、時々、水を口にする。
ナスビー「じゃ、乾杯!」
ニラッチ「……もういいだろ。」
ナスビーはジョッキを高く持ち上げた。
最初のうちは、話題は当然のように発明のことだった。
ナスビー「なあ、ニラッチ。昨日のロボットアームなんだけどさ。」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「あれ、もっと動きを滑らかにできないかな?」
ニラッチ「できる。」
ナスビー「即答だな。」
ニラッチ「問題は関節そのものじゃない。制御系だ。」
ニラッチのテンションが上がる。
ニラッチ「現在の制御方法では、各関節が独立して動きすぎている。動物の関節はもっと複雑に連動しているから――。」
ナスビー「へえ。」
ニラッチ「例えば、肩が動くときは――。」
そこからニラッチは止まらなくなった。
センサーの配置。
モーターの出力。
関節の構造。
プログラムによる補正。
話題は次々と広がっていく。
ニラッチ「……というわけだ。」
ナスビー「なるほどなあ。」
ニラッチ「つまり、あのロボットはまだ完成とは言えない。」
ナスビー「じゃあ、改良する?」
ニラッチ「当然だ。」
ナスビー「お前、本当にロボット好きだよな。」
ニラッチ「好きというより、興味が尽きないんだ。」
ニラッチは、少し得意げになった。
ニラッチ「一つ解決すると、次の問題が見つかる。次の問題を解決すると、その先にまた問題がある。だから面白い。」
ナスビー「なるほど。」
ニラッチ「お前も、そう思わないか?」
ナスビー「まあ、俺はそこまで詳しくないけど……。」
ナスビーは笑った。
ナスビー「お前が楽しそうに話してるのを見るのは面白いぞ。」
ニラッチ「……フン。」
ニラッチは、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
ところが。
ナスビー「次は日本酒、行っちゃうかな。」
ニラッチ「まだ飲むのか?」
日本酒の一合瓶が届く。
お猪口は一つだけ。
そして、ナスビーが日本酒を何杯か飲んだころ。
ナスビー「なあ、ニラッチ。」
ニラッチ「何だ?」
ナスビー「ミヨ子とは付き合わないのか?」
ニラッチ「…………は?」
ニラッチの笑顔が消える。
ニラッチ「何の話だ。」
ナスビー「いやあ、あの子、お前のこと大好きじゃん。」
ニラッチ「知らん。」
ナスビー「いい子じゃないか。」
ニラッチ「だから何だ。」
ナスビー「お前も少しくらい――。」
ニラッチ「その話はやめろ。」
ナスビー「じゃあ、キヨミは?」
ニラッチ「……。」
ナスビー「お前と同じ学科の、キ・ヨ・ミ!あの子ってオレンジなんかな?みかんなんかな?」
ナスビーはニヤニヤして言う。
ナスビー「どちらにせよ、めっちゃ美人だよな!」
ニラッチ「知らん。」
ナスビー「連絡先、知らない?」
ニラッチ「知らん!」
ニラッチは、残りのビールを一気に飲んだ。
ニラッチ「なあ、ナスビー。」
ナスビー「ん?」
ニラッチ「なぜロボットの話をしていたのに、女の話になる?」
ナスビー「いや、大学生だしさあ。」
ニラッチ「意味が分からん。」
ニラッチは額に手を当てる。
心の中では、かなりイライラしていた。
――くだらない。
――どうでもいい。
――せっかくロボットの話をしていたのに。
しかし、ナスビーは悪びれない。
ナスビー「でもさあ、もしキヨミの連絡先を聞くとしたら――。」
ニラッチ「知らん!」
ナスビー「そんな怒るなよ。」
ニラッチ「怒ってない!」
明らかに怒っていた。
しばらく、二人の間に沈黙が流れた。
ナスビーが料理をつまむ。
ニラッチは水を飲む。
そして。
ニラッチが、ぽつりと言った。
ニラッチ「……俺は。」
ナスビー「ん?」
ニラッチ「頭が良すぎて、理解されないことが多い。」
ナスビーの箸が止まる。
ナスビー「おいおい、急にどうした?」
ニラッチ「別に。」
ニラッチはグラスを見つめた。
ニラッチ「大学でもそうだ。俺が専門的な話をすると、途中でみんな興味をなくす。」
ナスビー「マニアックすぎるんじゃないか?」
ニラッチ「それは分かっている。」
ニラッチは、少し寂しそうに言った。
ニラッチ「でも俺は、もっと話したいんだ。」
ナスビー「……。」
ニラッチ「俺は、人と話すなら……飲みの席でも、どこでもいい。」
ニラッチの声が、少しずつ熱を帯びていく。
ニラッチ「ずっとロボット工学の技術について、とことん議論したい。」
ナスビー「うん……。」
ニラッチ「どうすればもっと速く動くのか。どうすればもっと精確になるのか。どうすれば人間の理想的な動きを再現できるのか。」
ニラッチの目が輝く。
ニラッチ「そういうことを、朝までだって話したい。」
ナスビー「朝までかよ。」
ニラッチ「それくらい突き詰めたい。」
ナスビー「そりゃすごいな。」
ニラッチ「でも……。」
ニラッチは、またイライラし始める。
ニラッチ「他の学生はどうだ?」
ナスビー「……?」
ニラッチ「大学を出たら、もう研究の話はごめんだ。そんなやつばかりだ。」
ナスビー「まあ……そういう奴の方が多いだろ。」
ニラッチ「理解できん。」
ニラッチは唇を尖らせた。
ニラッチ「何のために大学に来たんだ。」
ナスビーは何も言わず、ニラッチを見ていた。
ニラッチ「だから……。」
ニラッチが顔を上げる。
ニラッチ「お前が俺の話に興味を持ってくれるのは、正直嬉しい。」
ナスビー「へ?」
ニラッチ「本当に嬉しい。」
ナスビーは、少し照れたように笑った。
ナスビー「そ、そうか。」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「じゃあ、これからも俺でよければ聞くよ。」
ニラッチ「……。」
ニラッチの目は、眠そうだった。
ナスビー「そろそろ帰ろうか?」
ナスビーは会計を済ませる。
そしてささっと、店を出た。
ニラッチ「……。」
ナスビー「お前はホント、酒に弱いな。」
ニラッチ「すまん。」
ニラッチに肩を貸すナスビー。
二人は夜の商店街を歩いていく。
ニラッチ「もっと話したかった。」
ナスビー「はいはい。」
ニラッチ「……。」
ナスビー「明日また話せ。」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「寮まで送るよ。」
ニラッチ「……頼む。」
二人は大学方面に足を向ける。
ニラッチの意識は、ぼんやりしていた。
気持ちよさそうに、ナスビーの肩にもたれる。
大学の中を通り抜ける。
敷地内の丸池の横を通る。
黒い野良猫が、水面を見つめている。
月明かりが水面に映り、辺りはやや明るい。
ナスビー「起きてるか?」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「あと少し、起きてろよ。」
ニラッチ「……俺は、もっとお前の意見も聞きたいがな。」
ナスビー「え?」
ニラッチ「ロボットアームの制御系の――。」
ナスビー「まだ言ってる。」
ナスビーは頭をかいた。
ナスビー「お前の意見が聞きたいって言われてもなあ。」
ニラッチ「……。」
ナスビー「(ニラッチって、結局しゃべりたい人だからなあ。)」
ニラッチ「……。」
ナスビー「俺は聞き役でいいよ。」
ナスビーは、少し笑った。
ナスビー「さっきも言ったけど、お前が楽しそうに話してるのを聞いてるだけで、俺は結構楽しいんだ。」
ニラッチ「……うん。」
ナスビー「満足か?」
ニラッチ「……でも、たまには話せ。」
ナスビー「ああ。」
ニラッチ「今、聞きたい。」
ナスビー「え、今?」
ニラッチ「ちゃんと聞く。」
ナスビー「おお。」
ニラッチ「お前の考えも、知っておきたい。」
ナスビー「分かった、分かった。」
ナスビーは笑った。
ナスビー「じゃあ、俺が今ロボットについて考えてることを話すよ。」
ニラッチ「……ぜひ。」
ナスビー「ただし、俺の話は素人意見だからな。」
ニラッチ「構わない。」
ナスビー「本当に?」
ニラッチ「お前の意見だから聞きたい。」
ナスビー「……。」
ナスビーは一瞬、黙った。
ナスビー「何を言っても怒らない?」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「はははっ。酔ってると、素直だな。」
ニラッチ「フン。」
ナスビー「よーし。そうだな。」
ニラッチ「……。」
ナスビー「もっと柔らかい動きの、女の子のロボットを作りたい!」
ニラッチ「ほう……。」
ナスビー「名づけて、ラヴィドール!」
ニラッチ「……。」
ニラッチはもう、聞いていなかった。
ナスビー「限界だな。」
やがて、ニラッチの寮が見えてくる。
部屋の前まで連れて行く。
ナスビー「ほら、着いたぞ。」
ニラッチ「……ありがとう。」
ニラッチから感謝の言葉が出るのは、珍しかった。
ナスビー「じゃあ、また明日な。」
ニラッチ「ナスビー。」
ナスビー「ん?」
ニラッチ「今日は楽しかった。」
ナスビー「ああ。」
ニラッチ「俺は、お前と話すのが好きだ。」
ナスビー「はいはい。」
ニラッチ「じゃあな。」
ナスビー「ああ。おやすみ。」
ニラッチ「……。」
ニラッチは満足そうに頷いた。
そして、部屋へ入っていった。
ナスビー「やれやれ。」
――次の日。
発明サークルの部室にて。
ニラッチ「ナスビー。」
顔色の悪いニラッチが入ってきた。
ナスビー「お、来たな。」
ミヨ子「ニラ様~~~~!遅かったじゃないですの!」
ニラッチ「クソッ。貴様のせいで二日酔いだ。」
ニラッチはナスビーをにらみつける。
ナスビー「はぁ? 昨日送ってやったのに、最初にそれ?」
ニラッチ「フン。まあいい。それより……。」
ナスビー「?」
ニラッチ「昨日の続きを聞かせろ。」
ナスビー「昨日の続き?」
ニラッチ「お前の意見だ。」
ナスビー「ああ!ラヴィドールのこと!?」
ニラッチ「何だそれは。」
ナスビー「覚えてないじゃん!」
ニラッチは、ナスビーの向かいの椅子に座った。
そして今日もまた。
二人の発明談義が始まった。
ミヨ子「も~~~~!わたくしも話に入れて下さらない?」
相変わらず、ミヨ子のキーキー声は廊下に響いていた。
つづく
