かけがえのない、ぼく#第四章

おはなし

場面は、夏祭りの翌日

から始まった。

夏休みまであと二日。

クリビーは、学校でも、授業が頭に入らなかった。

「ぼくは、ぼくを見た。」

なんて

誰かに言っても信じてもらえないだろう。

そんなことを考えている。

クリビーは完全に子供の姿になっていた。

教室にいた友達の顔は

ぼやけてしまって

見えなかった。

マーメ先生の声も

聞こえなかった。

ノートの隅には、無意識にもう一人のクリビーの顔を描いていた。

そしてすぐに放課後になる。

ランドセルを置くと、家を飛び出した。

昨日の夏祭り会場。

もう屋台は片付けられていた。

地面には、祭りの名残が少しだけ残っていた。

紙コップ。

輪ゴム。

割り箸。

そして、ラムネの王冠。

クリビーはラムネ屋さんがあった場所へ行く。

誰もいない。

クリビー「おーい、昨日の子!」

呼んでみる。

返事はない。

神社の裏。

公園。

パン屋。

本屋。

スーパー。

学校の近く。

町の人はすべて消えていた。

夢だから。

誰もいない

町中を歩き回る。

あの子は

見つからない。

夢が覚めてしまう。

焦る。

それでも諦められなかった。

どうしても、もう一度会いたい。

あの子はなぜ現れたのか。

そして、あの笑顔は何だったのか。

夕日が町を赤く染める。

クリビーは橋の上に立った。

その下の

流れのおだやかな川を見渡す。

風が河原の

長く伸びた草を揺らす。

そのとき。

カラン。

すぐ近くで、ガラスが鳴る音がした。

黄色い頭。

赤い服。

右手には一本のラムネ瓶。

夕日に照らされながら、あの子が土手に立っていた。

あの子も、こちらに気づく。

「(…やっと、来てくれたんだね!)」

そう言わんばかりに、その子は

嬉しそうに微笑んだ。

今度は逃げない。

クリビーは土手まで駆け下りた。

その子もゆっくり近づいてくる。

二人は向かい合う。

本当にそっくりだ。

背の高さも。

笑顔も。

歩き方も。

???「……。」

クリビー「……。」

しばらく無言。

最初に話したのはその子の方だった。

???「やっと見つけてくれた!」

声まで少し似ていた。

クリビー「きみ……。」

???「うん。」

クリビー「ぼくを知ってるの?」

その子は少し考えてから答えた。

???「知ってるよ。」

???「だって、ぼくだから!」

クリビーは

(やっぱり……。)と思った。

その子が、クスクス笑う。

笑い方まで、自分そっくりだった。

クリビー「きみ、本当は誰なの?」

???「クリビー!」

クリビー「それはぼく!」

???「ぼくも!」

クリビー「だから!」

二人は同時にため息をつく。

そして、なぜか同時に笑ってしまった。

クリビー「あはは!」

???「ふふ。」

クリビーは少し安心した。

怖い子ではない。

???「座る?」

二人は静かな水の流れを前に腰を下ろした。

川の水がきらきらと光っていた。

しばらく何も話さない。

心地よい風だけが二人の間を通り過ぎる。

クリビー「ねえ。」

???「なに?」

クリビー「その空き瓶、まだ持ってるの?」

???「うん。」

???「ビー玉がほしくて。」

クリビー「そうだと思った。」

???「この気持ち、わかる?」

クリビーは笑った。

クリビー「わかるよ。」

???「じゃあ、どうやったら取れる?」

クリビー「取れないよ!」

???「なんで?」

クリビー「だって、そういう瓶だから。」

その子は瓶を逆さにする。

ガラス玉がコロン、と瓶の口まで転がってくる。

あと少し。

本当にあと少しなのに、出口で止まる。

???「惜しい……。」

クリビー「ほらね。」

???「もうちょっとなのに。」

クリビーも瓶を借りる。

逆さにしたり、振ったり。

首を傾けたり。

草の上へ寝転んで瓶をのぞき込んだり。

???「うーん。」

クリビー「出ないね。」

???「あと少しなのになぁ。」

二人は夢中になった。

???「どこかにぶつけて、割れないかな?」

クリビー「ダメだよ!ケガしたら危ないよ。」

気がづけば日差しがずいぶん低くなっていた。

クリビーは笑う。

クリビー「無理だね。あきらめたら?」

???「そうかな・・・。」

その子は瓶を胸に抱いた。

???「ぼく、どうしても欲しいんだ。」

その言い方は、少しだけ切なかった。

クリビーは首をかしげる。

クリビー「そんなに?」

???「うん。」

クリビー「なんで?」

???「きれいだから。」

クリビー「ビー玉なら、100均でも売ってるよ!」

その子は激しく首を振る。

???「違うんだよ。」

クリビー「どう違うの?」

???「この色がいい。」

クリビーはその子に抱かれたラムネ瓶を覗き込む。

透き通る青い

たった一つのガラス玉。

まるで不思議な力を閉じ込めたかのように光っていた。

たしかに、きれい。

クリビー「……ぼくも欲しくなってきた。」

少年はうれしそうに笑う。

???「でしょ?」

クリビー「うん。」

???「でも取れない。」

クリビー「ね。」

また二人で笑った。

その笑い声が川に溶けていく。

風が吹いた。

空き瓶の中でビー玉が鳴る。

カラン。

クリビー「ねえ。」

???「なに?」

クリビー「きみは、学校、楽しい?」

???「うん!」

クリビー「友達いる?」

???「モモビーとネギーン!」

やはり、この子は、ぼくなんだ。

クリビーはそう思った。

クリビー「いい友達?」

???「最高!」

その子は胸を張って言った。

???「毎日楽しい!」

クリビーは少しだけ目を細めた。

クリビー「そう。」

クリビー「いいな!」

???「きみは?」

クリビー「え?」

???「毎日、楽しい?」

クリビー「わからないな。」

???「えー。」

クリビー「楽しいかとか、考えないかな。」

???「なんか。」

クリビー「どうしたの?」

???「ぼくはきみなのに、ちょっと違うね。」

クリビー「そうだね。」

クリビーはぽつりと言った。

クリビー「お祭りの日ってさ。」

???「うん?」

クリビー「終わると寂しいよね。」

???「そう?」

クリビー「うん。」

???「ぼくは楽しかったなーって思うだけ。」

クリビー「そっか。」

クリビーは少し空を見上げた。

クリビー「ぼくはね。」

???「?」

クリビー「一日が終わるたびに、『もう二度と今日には戻れないんだ』って思う。」

その子は難しい顔をした。

???「そんなこと考えたことない!」

クリビー「やっぱり、ぼくたち、違ってるね。」

クリビーは少しだけ笑う。

クリビー「きみとぼくって、何が違うんだろうね。」

クリビーはそう呟く。

まるで自分自身に言い聞かせるように。

空はオレンジからむらさきへ変わる。

川には一番星が映っていた。

クリビーは立ち上がる。

クリビー「そろそろ帰らなきゃ。」

???「もう?」

クリビー「うん。」

???「また会える?」

クリビー「たぶん。」

???「明日?」

クリビーは笑う。

クリビー「明日じゃない気がする。」

???「じゃあいつ?」

クリビー「……きっと。」

少しだけ間を置いて。

クリビー「きみのこと忘れそうになったら。」

その子は首をかしげた。

???「そんなことある?」

クリビー「あるんだよ。」

???「思い出せた?」

クリビー「うん。」

???「よかった!」

クリビー「きみは、ぼくだ。」

その子は、ラムネ瓶を月明りにかざした。

ビー玉がきらりと光る。

クリビー「ねえ、ぼく。」

???「なに?」

クリビー「もし。」

???「?」

クリビー「大人になっても、このビー玉が欲しいって思ってるかな?」

その子は即座に答えた。

???「思ってるよ!」

???「絶対!」

???「こんなきれいなんだもん!」

???「ぼく、大人になっても欲しい!」

クリビーは小さく笑った。

クリビー「……そう。」

川のせせらぎが静かに聞こえる。

クリビーの頭の中に、先生の言葉が再び現れた。

『この世界に、あなたと同じ人はいません。』

カラン・・・。

という音がして

その子の姿は消えた。

(第五章へ)つづく