大学4年目。
卒業式を間近に控えた、まだ肌寒い季節。
あの不真面目なナスビーも、ニラッチとミヨ子の手助けもあり、無事卒業できることが決まっていた。
チューチューセッセ大学のキャンパスには、いつもよりどこか落ち着いた空気が漂っていた。
この時期の4年生は既に単位を取り終え、登校することがほぼなくなる。
卒業旅行に行く者もあれば、早くも就職先の研修に向かう者もいた。
ナスビー、ニラッチ、ミヨ子の3人はというと、相変らず構内の発明サークルの部室で顔を合わせることが多かった。
1年目のとき、たった3人だった発明サークルの部員は、気づけば10名ほどに増えていた。
3年目の春に後輩のマルナスが入部して以来、少しずつ後輩が増え、サークルの雰囲気は賑やかになっていった。
そんなある日の夕暮れ。
部室の窓には蛍光灯の光があった。
今日の部室には珍しく、一日中、ナスビーとニラッチしかいなかった。
ミヨ子は実家に帰っており、他の部員たちも春休みで出かけたり、バイトをしたりと、用事があったようだ。
卒業を控えた四年生は私物の片付けをする必要があった。
ミヨ子はとっくに片づけを終えていた。一方、ナスビーとニラッチの2人の片づけは全く進んでいなかった。
片づけるどころか、ナスビーは机にバラバラと無造作に部品を広げていた。
ニラッチは分厚い設計図やら論文を何冊も持ち込んで棚に積み上げていた。
彼らが2人きりになるのは、意外にも、しばらくぶりだった。
ナスビー「よっしゃあ!ついに完成だ!」
卒業間近の感傷的な雰囲気とは無縁のナスビー。いつもの調子で大声を出していた。
ナスビー「見ろ、ニラッチ!俺の火星人8号、最高傑作だ!」
ナスビーは机の上で組み立てた小型の八つ足ロボットを持ち上げた。
その見た目は、配線がぐちゃぐちゃで、ネジ締めやボルトも甘く、まるでガラクタのようだった。
ニラッチ「最高傑作?」
向かいに座って設計図を眺めていたニラッチは、冷たい視線を送った。
ニラッチ「バカな。動力系統が少なくとも三カ所以上破綻している。これでは電源を入れた瞬間、通夜のように沈黙するぞ。」
ナスビー「えっ、マジ!?気づいてたんなら、もっと早く言えよ!」
ニラッチ「いつも俺が指摘してばかりでは、貴様の進歩にならんと思ってな。」
ナスビー「あ~もう!ニラ様のいじわる!」
ニラッチ「その呼び方はやめろ!」
ナスビー「まあいいや、とりあえず電源を入れてみよう!」
ナスビーは懲りずにコンセントを繋ごうとした。
ニラッチ「バカ!貸せっ!」
すかさずニラッチがその腕をつかむ。
ニラッチ「火花が散る!感電する!ついで部品もおしゃかになるぞ!」
ナスビー「お前、さっき沈黙するって言ったじゃん!」
ニラッチ「例えで言ったんだ!このバカ野郎!」
・・・・
相変らずこの調子だった。
言い合うことが癖になっていた。
部室の中にいると、時間の感覚がなくなった。
気がつくともう深夜になっていた。
結局ナスビーの最高傑作は今日も完成しなかった。
2人は翌日もこの続きをするつもりで、机の全面を散らかした状態で部室を出た。
後輩にとって卒業ギリギリまで迷惑な先輩である。
帰り道。
ナスビー「今日は俺ら以外誰も来なかったな。」
ニラッチ「ああ。」
ナスビー「ミヨ子がいないと、さみしい?」
ニラッチ「ふざけるな。」
ナスビー「ひひひ。」
ニラッチ「・・・。」
他愛もない会話をしながら歩く。
ニラッチは心の中で考えていた。
ニラッチ「(これからも、こいつとの、このような日々が、続く・・・のか。)」
ナスビー「ニラッチ。」
ニラッチ「なんだ。」
ぼんやりしている様子のニラッチに、ナスビーは呼びかけた。
ナスビー「本当に良かったのか?」
ナスビーが、尋ねる。
ニラッチ「何を今更。」
ナスビー「だよな!」
ナスビーは嬉しそうに笑った。
2人はある約束をしていた。
ナスビー「俺たち2人で、世界をびっくりさせるような発明を作るんだ!」
そう。ナスビーとニラッチは卒業後、2人で起業すると決めていた。
しかし成績優秀なニラッチである。ナスビーとは違い、企業から好条件のオファーがたくさん来ていた。ところがニラッチは、それを全部蹴った。
ちなみにミヨ子は、実家が裕福なこともあり、父親の会社に就職することが決まっていたが、このとき当の本人に、真面目に働く気があったのか、明確な将来を考えていたのか、定かではない。
ナスビー「最初は小さな事務所からスタートしよう。そんでもって、会社が儲かったら、都会に本社ビルを建てて、最上階に社長室を作って、美人秘書を10人雇うんだ!」
ニラッチはタメ息をついて言った。
ニラッチ「……お前はまず、まともな発明を一つ完成させろ。」
ナスビー「ひでぇ!」
2人は顔を見合わせる。
そして、どちらからともなく笑った。
入学したばかりのころは、何かと張り合っていた。
ナスビーがくだらない発明をする、ニラッチがそれを見かねて改良する。
ニラッチが難しい理論を語る一方で、ナスビーは勝手なアイデアを持ち込んできた。
喧嘩もした。
言い争いもした。
それでも、気づけば、割といつも、一緒にいた。
『俺たち2人で、世界をびっくりさせるような発明を作るんだ!』
それが、いつの間にか2人の共通の夢になっていた。
ナスビー「会社の名前、どうする?」
ニラッチ「そんなのは後でいいだろう。」
ナスビー「いやいや、社名は最重要と言ってもいいくらい真剣に考えるべきだろ?」
ニラッチ「フン。じゃあ何か候補でもあるのか?」
ナスビー「『ナスビー&ニラッチ社』なんてどう!?」
ニラッチ「却下。」
ナスビー「なんでだよ!」
ニラッチ「お前の名前が先なのが気に入らん。」
ナスビー「そこかよ!」
ニラッチ「続きはまた明日だ。じゃあな。」
ナスビー「ああ、お疲れさん!」
2人はそれぞれの家路へと別れた。
――その様子を、少し離れた場所から見つめている男がいた。
その男は、フードを被り、顔を隠していた。
上質なコート、首には光沢のある派手な色のスカーフを巻いていた。
???「クククク。間もなく計画実行だ…。」
この謎の男の正体はいかに?
この日は、卒業式の一週間前だった。
つづく
